楽園

中野駅から徒歩で行けるようなマンションは一部屋1億円。中央線沿いはすごく高いんだって。三鷹だって総武線の終点のくせに一丁前な値段で売買されているらしい。私の知り得る都会はたかが知れてて、てんやとかビッグボーイとかしかなくて、無駄にデザインの良いビルばかりを乱立させて都会面してるだけの田舎なんだって初めて分かった。ブランド服で身を固めてる大学生みたいでイタい街だと思った。高円寺や下北沢に住みたがる人間は総じて阿呆だそうで、まあそうなんだろうけれども、私は彼がその感覚が身につくような本当の都会の人間であることが羨ましかった。新宿のマンションの一室では食洗機の音がやけにうるさい。新宿に住んでいるくせにそんな静音性もないぼろっちい食洗機を置いているのは滑稽なことだ。彼は数多のおばさんやお姉さん達と寝まくっているので「そんなに食洗機がうるさくて、セックスの時に邪魔にならないの?」と聞いたら、なんで俺がセックスの前に食洗機をオンにする前提なんだよ、どういう性癖?とのことだった。それから付け加えて「食洗機より女のほうがうるさいからね」と言った。ごもっともだ。年齢が10こも離れていると、当然見えている景色も全く違ってくる。ああ私ハタチになるのやだな、せっかく私は年の割に話が分かってウィットに富んでいて、そういう部分が評価されているのに、ハタチになっちゃったらそんな女ごまんといるし普通になっちゃう、普通になりたくない、私は埋もれたくない。彼は俺は19歳じゃないから分からないけど、と前置きした上で、そういう感覚があるのは理解できる、歳取るほど普通になっちゃうよね、と言った。私達は感覚的な部分ですごく共通したものがあると思う。阿呆ちゃんの私には、彼ほど上手にそれを言葉にすることはできないけど、彼は私の複雑な感覚をいつも理解してくれるのだ。そういうのってすごく居心地が良い。話が通じるというのはそういうことだ。

つまんなくなりたくない、19歳のくせに脱税してお小遣いみたいなちょっとの金額を貰っているめちゃくちゃファニーな女でいたいよーと思っています。私があまりに悲しんでいるので、彼が「20歳になったらどこか綺麗なところへ行こう」と気を遣ってくれた。東京に綺麗な場所なんて(私が知る限りでは)ひとつもないし、滋賀は遠すぎるから、間をとって伊豆に行くことにした。なんで東京か滋賀の2択なんだよと言われた。みんな知らないだけだ。私が少し前にお前のことがラブ、と思っていた男の子は、気が狂いそうになるとよく一人で滋賀に行って、写真を撮ったりビジネスホテルに篭ったりしていた。それで私は滋賀が(その男の子が撮った滋賀の写真が)美しいと知った。ていうか滋賀にビジネスホテルなんかあるのか?なんか全部嘘な気がしてきた。いつか滋賀にも行きたいな、大きめの湖を見てみたい。ディズニーランドの新しいアトラクションより、スタバの期間限定フレーバーよりずっと魅力的だと思う。とにかく彼とは伊豆半島に行くことになって、熱川のバナナワニ園ででかいワニのゴツゴツした表面を観察する計画を立てた。私達は共に醜い外見で、異性と寝るのが趣味で、馬鹿みたいな性欲を常に有り余らせている。もはや性欲そのものだ。でもきっとアダムとイヴだって禁断の果実を食べるまではヤりまくっていたに違いないし、そう考えたら私達も神の子みたいなものだよね。唯一違っているのは私達はセックスに多少なりの自己嫌悪や後ろめたさを感じていて、それとは別の顔で生活をしているということだけだ。彼はこれを病気だと言う。私はヘラヘラしながら祈ることしかできない。10こも離れていると正しさの基準ももう全然別物なのだ。主観を大切に、という19歳の私の価値観を彼はもうとうに通り越して、社会的なルールや倫理にどれだけ適合することができるか、という風に物事を見ている。と思う。多分。もしその病気が治る時が来ても、楽園を追放されても彼が常に満たされるように、私への関心が失われないことを願うばかりだ。アーメン